| 樋口様 |
「鶴島さんとは、ずいぶん長いおつきあいになりますなあ」 |
| 鶴島 |
「そうですね。ご住職が新しいご本尊をつくろうとされていた頃ですから、私が20代の終わり、ご住職が40代の働き盛り。
いつも精力的に動いていらして、忙しい方だなあくらいに最初は思っていたのですが、ご住職の胸に秘めた志を知った時には、ああそういうことだったのかと頭が下がる思いでした」 |
| 樋口様 |
「私の母の不注意から本堂が焼けてしまって。当時学生だった私を母が呼び戻して、預金通帳を預けた。そして“頼む”と言ったんですね。
その言葉は忘れられません。その時以来、私の一生はお堂を再建することだと、腹をくくったわけです」 |
| 鶴島 |
そんなお母様の思いを胸に、本堂再建を発願され、多くの
お壇中と共に成就された経緯、そしてご本尊を新しくお迎
えするにあたり、ご住職の篤い志のもと、浄財を募る
ことなく自らの手でこつこつと準備されたことを知り、尚一層仕事に熱が入ったのは事実でした。
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| 樋口様 |
いやいや。どちらにせよ、私たちは皆様からいただく浄財で生きているのですから本堂を再建できたのはもちろんのこと、そして、ご本尊さまを新しくお迎えできたのも決して私の力ではなく、皆様のおかげなんです。
でも、須弥檀だけは、その時の母の預金通帳にあったお金をもとにしてできたものなので、鶴島さんに立派なものをつくっていただいた時に、母の名前を施主として入れさせてもらいました。だから私は「仏さまを母が支えている」と思って幸せを感じています。
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