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日々雑録
京都には熱い思いを抱いた職人たちが大勢います。この日記を通して“ものづくりの心”を少しでもお伝えできればいいな、と思っています 専務取締役 鶴島 義允

仏像修理のハ・ナ・シ19 『阿弥陀如来立像◆復元修理』(全1回)

2011年11月22日(火)




前回のブログで六鳥型前卓の修理のお話をしましたが、

今回は、ご本尊のお木仏・阿弥陀如来像修復のお話です。






均整のとれた阿弥陀さま。

実は、今回の阿弥陀像。前にブツネタで一度登場したんです。


足駄に残された「康尭」という墨書き。





ブツネタ239 「えっと、どちら様ですか?」 ・・では、

仏師“康雲”さんとの何らかの関係があるのでは・・といったお話でしたが、

その後、調べてみるものの“康尭”さんの詳細はつかめず・・。





お像は、お身丈(生え際までの高さ)は立像1尺8寸5分。

寄せ木造り、玉眼の仏さまです。



損傷状況は、矧ぎ目(接合部)の遊離が見られ、

漆箔の剥落が数多く確認できました。









矧ぎ目の遊離は接着の膠の劣化が原因、

漆箔の剥落も、胡粉下地の膠の劣化が考えられ、

その下地は過去の修理によるものですが、

少々仕事が悪かったのかなとも推測する状況でした。



修復内容は、下地を除去し、木地の状態に戻し、

木地修理を行い、再度、胡粉下地と漆箔を施す復元修復。



水に浸け、下地を浮かし、木地に戻し解体すると、

内刳りされた像内には墨書きがありました。





“承応三年”という年号が確認できました。

西暦でいうと、1654年。

黄檗宗の開祖・隠元隆が来日した年になります。



江戸初期の作ながら、保存状況は良く、

大きな欠損や虫喰い、ネズミによる被害、

玉眼、肉髻珠、白毫珠の亡失もありませんでした。




汚れた玉眼は洗浄すると表面はきれいになり、

再度、瞳を描き直すので、既存の瞳のイメージを忠実に再現します。




全ての木地戻し・解体が完了しました。








過去の修理が悪い・・ということを少し触れましたが、

下地以外にも、少し残念な修理が確認できました。


それは、この右手の中指。



中指の第一関節の下あたりで、補足されているのがわかります。

木地の色が違いますし、左右で指の長さが違います。




この補足された部分は、

今回の修理で、交換させて頂きました。







全体の木地修理を終え、

お顔内部には玉眼を固定し、



内側から瞳を描き、綿を詰めて、お顔を固定。




木地修理が完了しました。






この後は、塗師さん、箔押師さんの手に渡ります。

胡粉下地を施した阿弥陀さんは、

肩つぎ工程を踏むので、塗師さんと箔押師さんの工房を行ったり来たり。

しかも、今回の肩つぎは少々複雑なつぎ方・・。

ブツネタ41 「漆箔仏の肩つぎ」

ブツネタ258 「身丈1尺2寸・阿弥陀如来立像も完成」

修理のハナシ18 「座像5寸の阿弥陀像ぁ




概ね漆を塗り上げ、







袖や衣の内部に金箔押し。





肩つぎ箇所を固定し、接合部に下地を施し漆を塗り、





そして、箔押し。 肌には金粉で仕上げます。(ヌグイ仕上げ)




そのあと、螺髪・眉毛・髭・唇に彩色を施し、完成です。













均整のとれた阿弥陀様。

お顔も凛として、良い表情をされています。

非常に良い上がりとなりました。



次回は、この阿弥陀様の台座・光背の修理のお話です。